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夕暮れに話す木

夕方になると、あの木は声を出す。それを知っているのは、町でたぶん僕だけだ。学校からの帰り道、川沿いの土手に一本だけ残された古い木が立っている。幹はねじれて、皮はところどころ剥がれ、枝は空に向かって不格好に伸びている。周りはもうコンクリートで...
面白い

川辺に残された返事

川のほとりには、返事のない言葉が流れ着く。朝霧の立つ時間、石の間にひっかかるそれらは、濡れた紙切れのように見えるけれど、耳を澄ますと微かに温度を持っているのがわかる。僕はそれを拾う人だ。最初に拾ったのは、「ごめん」という短い言葉だった。角が...
不思議

三時十五分で止まるカフェ

わたしがそのカフェを見つけたのは、人生でいちばん急いでいた日のことだった。締め切り、将来、不安、全部が一度に押し寄せて、足早に歩いていた路地の奥で、古びた木の扉が目に留まった。看板には小さく「カフェ・クロノス」と書かれている。中に入ると、静...
面白い

エンドロールまで残る席

夕暮れの街に、もう看板の灯らない映画館がある。かつては週末になると行列ができ、ポップコーンの匂いが風に混じったその建物は、今ではシャッターの隙間から埃を吸い込むだけだ。閉館から一年、取り壊しを前にした最後の夜、管理人はひとりで客席に足を踏み...
不思議

呼ばれることで、透明にならない

名前を失うと、人は少しずつ透明になっていく世界がある。最初は指先からだ。光が指の輪郭をすり抜け、影が薄くなる。次に耳、肩、膝。最後に残るのは、胸の奥にしまわれた温度だけだと、人々は言った。この町では、生まれたときに与えられる名前を「錨」と呼...
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記憶銀行

街のはずれに、その銀行はあった。看板には小さく「記憶銀行」とだけ書かれている。お金は一切扱わない。その代わり、忘れたい記憶を預かる——それがこの銀行の仕事だった。重い扉を押して中へ入ると、静かな空気が満ちている。金庫室の代わりに並ぶのは無数...
動物

帰ることで完成する空

空が冷えはじめると、私は羽の向きを南へ変える。毎年同じことを繰り返しているはずなのに、そのたびに胸の奥で、小さな問いが羽ばたく。「帰る場所」とは、いったい何だろう、と。私たち渡り鳥は、地図を持たない。けれど風の匂い、雲の高さ、星の並びを覚え...
面白い

嘘の日に、本当を言った

町では年に一度だけ、「嘘の日」と呼ばれる日があった。その日は、口から出た嘘がすべて本当になってしまう。だから人々は、朝から慎重だった。冗談も、照れ隠しも、軽い見栄も許されない。八百屋の主人は「今日は大根が世界一甘いですよ」と言いかけて、ぐっ...
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鳴らない朝を信じる音

薄暗い六畳間の片隅で、壊れかけの目覚まし時計は今日も小さく息をしていた。白い文字盤には細かな傷が走り、長針はときどきためらうように震える。ベルを鳴らす金具も片方は緩み、もう片方は少し音程がずれている。それでも、彼は自分を「役目を失った」とは...
ホラー

答えてはいけない夜

その町では、年に一度だけ、返事をしてはいけないチャイムが鳴る夜があった。日にちは決まっていない。風がやけに生ぬるく、時計の針がいつもより重く進む夜――そういう前触れだけが、古くから語り継がれていた。僕がそれを初めて経験したのは、祖母の家に泊...